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未来の小窓(40) 券売機

  券売機の夢をみた。JRの駅で、乗車券を買おうとするのだが、どうしても千円札が入らず、戻ってくる。やむなく、窓口で購入したが、駅員は「自動改札機の読み取り部に、スマートフォンでタッチすれば、簡単ですよ」とアドバイスしてくれる。ようやく目的地に向かったもの、乗客はまばらで、窓から見える住宅には人影も見当たらない。
 どうしてこんな夢を見たのか。過疎化に歯止めがかからない地方の将来が見えたのだろうか。前夜にテレパシーや予知などを含むESP(超感覚知覚)に書かれた本を読んだことも関係しているのかもしれない。もっとも、統計学者という著者は「なくした宝石が夢のお告げ通りに見つかる」といった「夢の不思議」は、「あくまで偶然」と指摘していたのだが・・・。
 夢のなかでの目的地はどうやら故郷・大分だった。人口減少が続いており、国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には約96万人まで減少するという。JRの減便や駅の無人化が進み、私鉄のバスも路線が次々と消えている。
 そう言えば、駅の無人化で、憲法が保障する移動の自由が制限されるなどとして、車いすで無人駅を利用する大分市内の男女3人が、JR九州に33万円の損害賠償を求めた訴訟が大分地裁で行われている。3人は「無人化は、鉄道事業の赤字解消が目的とするが、会社全体では400億円以上の最終利益(2018年度)をあげている」と主張、JR側は「鉄道事業は赤字。無人化された駅でも事前予約を受け、対応している」と反論している。今回のコロナ禍で、JR九州は全体でも大幅な赤字が見込まれている。「赤字でもサービスを維持しろ」と企業に求めることが法に適うのか。
 AI(人工知能)がさらに浸透していけば、駅員や券売機も消えてしまうのだろうか。(時)

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未来の小窓(39) 絵文字の時代

 携帯電話で使われる絵文字は今や、家族や友人とのやりとりで欠かせないものになっている。若者には必須のアイテムなのだろう。気持ちを表す「文字」として、すっかり定着している。文章だけのメッセージは無機質と思うのかもしれない。
 日本発祥という絵文字は、「Emoji」として、世界各国で使用されているそうだ。スマートフォンは持っているものの、絵文字をまったく使ったことがないため、定かではないが、お国柄が違いで、受け取り方が違ってしまう絵文字もあるらしい。
 思えば、昭和のころでも、商店の軒先で、正四角形の右上の頂点から左下の頂点に向かって線を引いた文字を見かけることがあった。四角形の枡で、丁寧語の語尾の「ます」の置き換えとしても使用されていた。2010年のユーキャン新語・流行語大賞」には、「本田△」が選ばれている。サッカーの本田圭佑選手の活躍で生まれた言葉で、「ほんださんかっけー」と読むそうだ。
 国語学者の金田一秀穂氏によると、日本語には漢字、ひらがな、カタカナがあり、他国の言語より文字の比重が高いことが、文字文化の多様性が進む理由らしい。その分、口が発する言葉の重要性が低いという。なかなか演説の上手な政治家が見当たらないことが、そのことを裏付けている。
 絵文字も良いが、コロナ禍の今こそ、責任を持って、しっかりとした言葉で国民に語りかける政治家が登場してほしい。感染を防止し、ワクチンが幅広い世代に投与されるためには、「政治の覚悟」が何より求められているのではないか。(時)

未来の小窓(38) 捨て耳

 落語や講談では、「捨て耳」という言葉があるという。普段から回りに注意を払い、なんでもないと思うことも心に留めておくことを指す。人気講談師の神田松之丞(現在の神田伯山)の著書で知った。捨て耳が身となり、芸の上達につながっていくそうだ。
 捨て耳とはほど遠い状況が、今の電車やバスの車内かもしれない。座席に座るや否や、スマートフォンを手にする人が少なくない。ゲームに興じているのか。他愛のない会話をラインで交わしているのか。一心不乱に画面を見つめている姿を見ると、車内放送があっても上の空だろう。
 スマホの登場で、人々の生活を一変させた。7時間もスマホに費やす若者が2割もいるそうだ。スウェーデンの医師、アンデシュ・ハンセン氏は、著書「「スマホ脳」(新潮新書)で、「スマホは記憶力や集中力、学力を低下させ、睡眠障害やうつ病をもたらす」ことを警告している。スウェーデンでは成人の9人に1人以上が抗うつ剤を服用しており、睡眠障害の若者が約20年間で8倍に増えているという。
 大学で講義をしているが、自分とその周囲しか関心を示さない大学生も目につく。読書をせず、新聞も読まない学生も増えている。活字離れが指摘されているが、テレビ離れも加速している。問題なのは、社会に対する関心の低さだろう。
 周囲が変わってしまってから、やっと異変に気付く人もいるかもしれない。(時)

未来の小窓(37) マスクの日常

 幼い子供の何気ない一言にハッとさせられることがある。1月29日付読売新聞朝刊の「こどもの詩」。「この子たち、マスクしてないね。どうして?」。絵本を見ていた、保育園の年少クラスの園児の問いかけだ。「マスクのある風景」が、日常の風景になっていることが分かる。
 民俗学の世界では、日常は褻(け)と言う。一方、非日常は晴れだ。民俗学者の柳田國男が提唱した。人生の節目の「晴れの日」には、晴れ着姿で、餅や赤飯、御頭つきの魚で祝う。「晴れ着」に対し、普段着を「褻着」と言っていたころもあったらしいが、褻着は明治以降に使われなくなったと聞く。
 新型コロナウイルス感染の収束の兆しが、依然として見えないなか、緊急事態宣言が延長された。菅首相は「感染拡大の収束が最優先課題」と強調している。テレビを見ても、新聞を読んでも、マスク着用、うがい、手洗いの呼びかけを耳にする今、絵本の子どもの姿に首をかしげた園児の通う保育園でも、感染対策に追われる毎日となっているのだろう。
 晴れの日と違い、「褻の日」は、変化に乏しい。退屈かもしれないが、退職する会社員が「おかげで、大過なく過ごすことができた」と挨拶することを考えると、日常の大切さが分かる。絵本と同様のマスクなしの日常がいつ戻るのか。首を長くして、待つしかないのが何とももどかしい。(時)
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